五重塔の中の人生
山本教授はあるときお酒を飲みながらこんな話もしてくれました。
日本の寺院によく見られる五重塔は木造建築の高い塔でありながら台風や地震に強いことで知られ、長い歴史の中で多くの災害に遭いながらも壊れることもなくそれを証明している。
そして五重塔が地震や台風に強いのは、たった一本の心柱によるのだというのです。
現存する五重塔でもっとも古いものは、法隆寺の五重塔(高さ32・5メートル)だとされています。
法隆寺は聖徳太子が607年に開基し、670年に焼失しましたが、その後7世紀後半の白鳳時代に再建されて、現存する世界最古の木造建築とされています。
五重塔の構造は時代によって変化しています。古い五重塔は礎石に直接心柱を立てて、心柱が塔全体を吊るような構造になっています。
鎌倉時代以降になると、いちばん下の一重目の層をつくって、その初層から上の残る四層を吊るす心柱を立てるという構造になってきます。
いずれも心柱が塔全体を支え、台風や地震のエネルギーに合わせて塔が揺れることで、それらのエネルギーを巧みに吸収していると考えられています。
江戸時代になると、五重塔の最上層から心柱を単に吊るしてある構造、宙吊りの心柱も出現するようになりました。
心柱は塔を支えることをまったくしないで、上からただぶら下がっているだけですが、力学的には台風や地震のエネルギーを散らすような働きをしていると考えられています。
明治の文豪で名高い幸田露伴は小説『五重塔』を書きました。
主人公は「のっそり十兵衛」という大工で、無ロであって世間受けが悪いことから「のっそり」というあだ名がつけられたり、腕はよいものの腕に見合うような仕事に恵まれない不器用な生き方をしていました。
そんなときに一生の間で出会うこともない仕事、谷中の感応寺で五重の塔を建てるという話を耳にします。
すでにその五重塔の建立は、十兵衛が世話になっている有名な番匠の川越の源太親方に決まっています。
しかし、どうしても一生の仕事として五重塔をつくりたい、自分の腕を示したいと十兵衛は思い詰めて、勇を鼓して感応寺の上人を訪ねます。
訥々と上人に自分の五重塔への思いを訴え、すでに五重塔の雛形もつくってありますと畳にひれ伏して涙を流します。
静かに十兵衛の話を聞いていた上人は、誰に五重塔を建立させるかの決定は自分の一存ではいかないこと、しかし、その雛形は是非とも見てみたい、これから十兵衛のところへ行こうといいます。
上人の飾らない態度に十兵衛はますます打たれ、すぐに自分がとって返して雛形を持ってきます。
上人が見るとそれは素晴らしい姿形で、細工も見事なものです。
十兵衛の大工としての腕に感嘆もし、仕事に恵まれない立場に同情もしますが、しかし源太もまた十兵衛に負けず劣らずの腕がある大工であり、感応寺の本堂、庫裏、客殿は源太の仕事ですでに見事に完成しています。 一つの仕事に二人の番匠、さすがの上人も迷います。
翌日、上人は十兵衛と源太の二人を呼びます。
出会った二人は目で火花を散らしますが、源太は意気昂然と、十兵衛は汗を流し震えながら上人の言葉を待ちます。
現れた上人は、五重塔は一つだが二人が建てたいという。
私にも分別がつかないから二人で相談してくれといい、二人にお茶を勧めながら一つの仏話を披露します。
それは、ある長者が息子二人を連れて散歩に行き、清らかな流れの大きな川に出会った。
そこには一尋 (約1・5メートル)ほどの流れをはさんで州があり、州は珠のような小石や銀のような砂であった。
長者がその州へ飛び渡って見ると、さらに州の奥には一尋ほどの流れをはさみ、蓮華のような小石や金の砂がある素晴らしい別世界があった。
長者は簡単に州に飛び移れたが、二人の子どもは渡りたがるものの飛び移れない。そこで長者は流れ着いたシュロの木で橋を渡してやった。
ところが二人の子どもは先陣を争ってケンカをし、木の橋を渡るときにお互いに邪魔をしたので濡れネズミになって州に上がった。
長者は、お前たちが上がった途端に普通の州に変わってしまったとため息をついた。
見ると州は何の変哲もない普通の小石や砂に変わってしまっている。
息子二人は恥じ入って、お互いに何ということをしたのだろうと深く反省して、その奥の素晴らしい別世界に渡るときは、お互いに先を譲り合い、揺れる橋を支え合って渡った。
そこには美しい清浄な地が広がっていた。
そのとき長者は 懐から真の玉を取りだして兄に与え、袖から真の金の砂を取り出して弟に与えたという。
上人は二人にそういう話を聞かせたのです。
感応寺を辞去して二人はそれぞれ思案をしながら家に帰った。
十兵衛は、放心状態で自分は源太親方の弟分だ、一生に一度の仕事を諦めるのは辛いが、五重塔の建立は源太にすべてを譲ろうと、納得しがたいもののそう腹を決めて家についた。
一方源太は、自分一人の手柄で五重塔を建てたいが俺は十兵衛の兄貴分だ、弟に半分やるのが兄としての男気だ。
二人で仕事を分けるのは残念だが男一匹、ここで腹をくくらなければと自分に言い聞かせます。
癇癪を押さえながら源太は十兵衛の家に出向きます。
十兵衛はしょんぼりと座っていて、重い口で、明日伺おうと思っていましたといいます。
源太はそこで、これまでの思案から、五重塔は二人で建てよう、役不足だろうが俺が主でお前が副で一緒にやろうというが、十兵衛は黙然と座わっている。
まことにありがたいお言葉でと女房が十兵衛にうなずくよう促すと、十兵衛は「それはイヤでござりまする」と不愛想にいい放った。
すべてを諦めると決意した十兵衛は、五重塔は源太一人に建ててもらいたいというと、あとはかたくなに黙り込みます。
しかし、それでは源太の男が立たない。
佐藤一英「見えてきたガンの征服」 ㈱実務教育出版 1995年第五章患者の気持ちと医者の思いより












