名匠との出会い

五重塔といえば、法隆寺第五代目の宮大工である西岡常一さんとの出会いも印象深いことでした。
明治41年生まれの西岡さんは、法隆寺の改修や法輪寺の三重塔、薬師寺の五重塔の再建を手がけた名匠です。
祖父の常吉さんに連れられて、4歳の頃から法隆寺の境内を巡り歩いたそうです。

再建に当たっては、先人の知恵の結晶である古い木組み法をそのまま採用するべきだと主張し、高名な建築学者が主張する鉄材の使用を拒むなど、先に紹介した「のっそり十兵衛」のような趣のある職人の中の職人という方です。

西岡さんにいわせれば、「鉄は200年もすれば腐ってしまうが、ヒノキは1000年、スギは600年、マツは400年は保つ。
だから鉄を使っては長持ちしない」のだそうです。

ある学者が古い木材を集めてさまざまな角度から調べ上げ、その研究結果を発表しています。
それによれば、ヒノキは切ってから200年間ほどはだんだん強さを増していき、それから徐々に強さを減らしていく。

そして1000年目あたりでちょうど切り立てのヒノキと同じ強度に戻り、その後は経時とともに弱くなっていくというのです(参考『日本人の五感―名工たちの科学―』毎日新聞社)。
西岡さんの名人肌と長い経験は、それをとっくに見通していたわけです。

初めて西岡さんに出会ったとき、私が開発したガンの治療法について簡単に説明し、この薬は他の病気にも効果があると申し上げた途端に、何のためらいもなく「すぐ注射をしてくれ」といいます。
注射をし終わってから、「いったいこの薬は何ですか」と聞かれたので、こちらの方がびっくりしました。

西岡さんは事前にいろいろ研究され、信用して私の注射を受けたのかと思っていたのですがそうではないというのです。
松本大円師が西岡さんに、身体によいから佐藤先生に注射をしてもらえと勧めたから受けたというのです。

「えつ、それは失礼しました。何も詳しい説明をしないで」というと、「いや、とんでもない。先生の姿と目を見て私にはよくわかりました」とニコニコしています。

日本が世界に誇れる建築物である法隆寺の改修や五重塔の再建をするような名匠が、私のような一介の名もない開業医の姿や目を見て信用したというのです。

恐縮しながら、注射した薬の内容や効果について説明を始めたのですが、しばらく聞いてると、「わかった。先生もうわかった」と手を振ります。
訝しい思いで西岡さんの顔を見てますと、次のような言葉を続けました。

「法隆寺の改修をするときに、建立された当時の匠の木組みや手法などを徹底的に調べてみたのです。すると鉄のクギを一本も使わずに台風や地震に耐えられるような工夫がしてあるのです。実によく木の性質を活かして組み上げているのです。これには知恵や理屈だけではなく、経験とその道に一生懸命な人独特のカンというものがあるのです。
佐藤先生が考えついたのはそれだ。その工夫を編み出したんだ。いや、もういい。説明はもう聞かなくていいんです。私はね、あんたに涙が出てしようがない。ここに来るまでずいぶんと苦労したでしよう。そして理屈だけをいって本当のところをわからんヤツがたくさんいるでしよう。私はあんたのやることすべてがよくわかった」

私は医者という職業ですが、ガンの治療では40年来取り組んできたプロの職人です。
私は不器用に虚仮の一念で突き進んできただけですが、西岡さんは名人という冠がつく大工の職人です。
私とは大きな差はありますが、お互い職人という点では同じことです。

職人同士で通じ合うものがあって、西岡さんはパッと私の治療法の本質を見抜かれたのだと思います。

佐藤一英「見えてきたガンの征服」 ㈱実務教育出版 1995年 第五章 患者の気持ちと医者の思いより


ページの先頭へ戻る
お問い合わせ