生き方を示された恩師
文豪露伴の格調高い名文を現代語で、しかも下手な抄訳で長々と続けるのは申し訳ないことですが、改めて岩波文庫の幸田露伴『五重塔』の原作に当たっていただくとして、先を急いで続けます。
男の意地と意地が絡み合っていろいろないきさつがあった結果、ついに源太は折れて自分は仕事を降り、十兵衛が五重塔を建てることになった。
それは見事なできで、人びとは足場が取り払われていくにしたがって姿を現す塔に称賛の声を上げます。
落成式も間近になったある夜、皮肉にも何十年ぶりかという強風が江戸を襲います。
瓦は飛び、門や塀は倒れ、屋根はむしり取られ、二階はねじり取られるというものすごい大嵐です。
寺の用人ができあがったばかりのひときわ高い塔を見ると、今にも倒れんばかりに揺れに揺れている。
驚いて使いを十兵衛のところにやります。
使いが十兵衛の家についてみれば、十兵衛の家の屋根も吹き飛んでいる。
使いが十兵衛に塔を見に来てくれと懇願するが、十兵衛は、大丈夫です、心配せずにお帰りなさいとテコでも動こうとしない。
使いがうるさくいうと十兵衛は、上人様から塔の建立は依頼されたのだ、上人様が来いといわぬ限り行かないとはねつけます。
使いはすごすごと寺に帰り、次第を用人に報告すると、用人は、なぜ上人様が来いといっていると方便しなかったのだ、気の利かないャツだと叱り、再び十兵衛のところへ使いをやります。
使いの言葉を聞いて十兵衛は、上人様も私を信用していただけないのかと大いに嘆き、板一枚はがれても、クギ一本抜けても自分の生命はいらないと覚悟して、万が一のときには喉を突いて自害するためのノミを手にして塔に上ります。
塔の最上階の五層は、まるで波に翻弄される小舟のように揺れ、顔にはまるで小石がぶつかるような激しい雨です。
十兵衛は欄干につかまり、歯をかみしめて天を睨み天命を待った。
そのとき塔の周囲をめぐるもう一人の男がいたのです。
嵐が収まってみると、江戸中の建物すべてが何らかの損傷を受けたにも関わらず、十兵衛の五重塔は寸分の狂いもなく、一つの傷みもなく建っています。
人びとは、さすがは名工よ、名匠よと十兵衛をたたえ、あの晩は同職の者がもしどこかでも傷めば仲問の恥とばかり、詰め腹を切らせようと徘徊していたそうだなどとウワサをした。
落成式が済んで、上人は源太、十兵衛の二人を最上層に呼び、自ら筆を執って、「江都の住人十兵衛これをつくり川越源太郎これを成す」と記したという。
こうした話を要約しながら、文学とは関わりがない医学部の山本教授が医学生相手に話してくれたのです。
もちろん、書いたように詳しくは私の記憶になかったのですが、この話が好きでその後調べたり、今回の執筆に当たって調べ直してあります。
なぜ山本教授は長々と五重塔の話を若い学生にしてくれたのでしようか。
その意図するところは、山本教授ご自身の生き方だったと思います。
医者として一本のしつかりした心柱を持って、人生のさまざまな荒波に耐えて生きていけ。
そして医者は単に医学バカではいけない、ジャンルの違う文学などの広い教養や知識も身につけて、人間らしい生き方を忘れてはいけないということであったと思います。
さらに深読みすれば、医者は職人であって、きちんとした仕事を自信を持ってこなせという意味もあったでしようし、自分の信念を貫いて権威には屈するなという気持ちが込められていたとも思われます。
いずれにせよ若い私にとっては、 この話は心に染みるものであったのです。
佐藤一英「見えてきたガンの征服」 ㈱実務教育出版 1995年第五章患者の気持ちと医者の思いより












