生命が見えない時代
ガンという病気では、風邪を引いたとか単純骨折をしたなどの軽い疾病とは違い、患者と医者は深い関わりを持つことになります。
患者は、ガンに負けないぞ、生き抜いてやるぞという気力を持ち続けることは重要なことですが、それだけではなく、患者から見れば、医者 (複数であっても)は、治療面でも精神面でも唯一の頼るべき存在になります。
医者はそのことを重く見つめて人間としての精神面も含めて患者を受け止め、治療に全力を尽くす必要があります。
しかし双方がやるべき努力を尽くしたとしても、すべてのガン患者の回復は困難であって、患者は避けることができない死と直面しなければならないケースも多いのです。
そこには虚飾をはぎ取った剥き出しの人生観が現れます。
ガンはこうしたことを要求する病気ですが、こうした患者の気持ちを医者はいかに受け止めるかは、ガン治療の一つの重要な面でもあるのです。
ところが残念なことに今日の医療はこのことを軽視しているように思われます。
治療の面でいえば、心臓なら心臓、肝臓なら肝臓と部分部分にわけて細分化して人間の部分を見る医学が重要視されています。
その結果、トータルとして躍動する生命の存在はどこかに忘れ去られ、患者の人格は不当に無視されているように見えます。
電子化され精巧になった診断機器からもたらされる情報に頼る医療が展開されて、患者の気持ちは治療の中に取り込まれていないように見えます。
加えて、患者との対話を評価しない健康保険制度の問題もあって、医療の一環として重要な医者と患者の人間的な交流が希薄になる要素が増え、患者と医者の人間関係が大きな問題となっています。
病気を治す要素は物理的な治療だけではない心理的な要素、精神的な要素が重要な意味を持つはずなのに等閑にされているのです。
私の周囲には誇りを持って仕事をしている医者がたくさんおります。
決して華やかな脚光を浴びることはありませんが、患者と苦しみや喜びを共感しながら職分を全うしようと努力している医者たちです。
他の職業とは違い人間の死に立ち会うことが多いのも医者という職業です。
病気による死は誰にとっても不条理なことであって納得でき難いものです。
そうした患者の思いを真剣に受け止めるほど医者の悩みや迷いは深いのですが、医者は患者の気持ちがわからないのではないかという非難も時折耳にします。
真摯にガンの治療に取り組む医者たちを正しく評価し、理解していただきたいという願いを込めて、私の精神的な土壤となった生い立ちや、患者の生命を扱う職人としての思いを記すこととします。
子供の頃の時代背景と医学事情に触れ、印象に残った人生の意味について先賢からの薫陶、そして生と死についても考えてみることとします。
自分の体験しか書けませんが、このことを通じて患者と接する医者の気持ちをわかっていただきたいのです。
佐藤一英「見えてきたガンの征服」 ㈱実務教育出版 1995年 第五章 患者の気持ちと医者の思いより












