科学と医学への興味

たしか十歳の頃です。友達の家の広い庭で彼と遊んでおりました。
庭の一隅に大きな柿の木があり、たくさんの赤い実をつけていました。
友達は要領よくその木に登っていき、一つの柿の実を採ると、頭上から「これ、甘いから喰って見ろ」と放ってくれました。

かぶりつくと何ともいいようがないほど甘いのです。
お菓子は贅沢品で滅多に食べられず、砂糖なども自由にならない頃ですから、その柿の甘さに「ウマイ!ウマイなー」と思わず歓声を上げました。
今思い出してみてもあの柿の甘さは舌に残っています。

その数日後、わが家でも柿もぎをすることになりました。
柿の木があるといっても広い庭などはなく、少し離れた耕作地に数本植えてあったのです。
私は友達の庭で食べたあの柿の甘さを胸に描いて、シメシメとばかり、柿が胃袋に収まる分を空けておこうと朝メシの量を減らし、ニコニコと笑顔だらけで母親のあとに従いました。

わが家の柿の木にも青い空を背景に赤い実が鈴なりです。
さっそく、よく熟れて甘そうな赤い柿の実を選んで手に取りました。ツバがロ中に湧いてきます。思いっきりガブッ!

モグモグとやると予想に反してロの中がしびれるほどにシブイのです。
ペッペッと吐き出しながら、「なぜこの柿は真っ赤なのにシプイのか。甘くないのか。ウソつき奴」と、朝からの期待が裏切られた分だけ余計に腹を立てて、そのわけを母親に尋ねました。

「これは渋柿だから甘くないんだよ。そんなことも知らないでどうするの」と母親から説明されたものの子供心にどうしても納得がいきません。
あの甘かった柿と同様、いやそれ以上に真っ赤な色をした柿の実です。渋くて食べられなかった悔しさとともに、渋柿と甘柿のどこがどう違うのだろうと、不思議な思いが頭から離れません。

翌朝、学校へ行く前に母親が「これを喰ってみろ」と昨日の柿を差し出します。
おそるおそる少しばかりかじると渋味はなくとても甘いのです。
柔らかく甘く、舌触りもあの友人の甘柿よりもずっとよいように思えました。
どうやっても食えそうになかったシプイ柿がたった一晩で甘く変身しているのです。これまた不思議です。

どうやって甘くしたのかと聞くと、タベ家族が入った風呂の残り湯に渋い柿をドサッと漬けておいただけだといいます。
「昔からの生活の知恵で渋柿はそうやると甘くなるんだ」というだけで科学的な説明はできません。
どこかにその答えを知っている人間がいるであろう、そして自分はこの不思議の答えを知りたい。そうした気持ちが成長するに連れ科学への強い関心となって形成されたと思います。

後日、大学に入って、渋柿には渋味の素であるタンニン酸が水溶性の形で含まれ、そのまま食べるとタンニン酸がロ中に溶け出して強い渋味があるが、四十~四十三度にして一夜置くとタンニン酸は不溶生に変わり、ロにしても渋味を感じなくなるということを知って、長年の疑問が氷解したのです。

こんなこともありました。母親にお使いを頼まれて隣村まで酢を買いに古自転車で出かけたときのことです。
帰り道、酢が入った四合ビンを風呂敷で包み、落とさぬように自転車のハンドルに風呂敷の端をしつかりとくくりつけて、わが家の寸前にある曲がり角にさしかかりました。日頃、隅から隅まで知り尽くしているはずの曲がり角ですが、 どうしたことか大きな石に車輪を取られ、 もんどり打ってひっくり返ったのです。

見事に半回転して背中から落ちました。無意識に四合ビンを右手で胸に抱えていたようでビンは割れることなく無事でしたが、右目はかすんでいて周囲がよく見えないのです。あわてて手で触ってみると大量の血がついてきます。
思わず「目が見えないー」と家の方に向かって大声でわめきたてました。右眼瞼の上の額がザックリと割れて、 血が右目に流れ込んだのです。
声を聞きつけた父親が駆けつけてきて、頭の手ぬぐいを取るや否や片側を傷口に当て、 もう一方の端で血を拭きながら、 「ここを押さえておれ」と手ぬぐいを押さえているよう指示すると、 近くから蕗の葉をちぎって両手で揉みしだき始めたのです。そして汁が滲み出だした蕗の葉を額の傷口に当て、 その上から手ぬぐいで強くしばって固定したのです。

こうした処置で四、 五分もすると出血は止まってしまいました。
父親が側にいる安心感とズキズキする痛みとで泣きじゃくりながらも、 片手で胸にしつかりと酢が入った四合ビンを抱え、 父親のとっさの応急処置を感心しながら見ていたのです。

翌日、医者に連れて行かれて傷口を縫ってもらいましたが、父親の処置もあってかさしたる傷跡も残らない結果になりました。
これらの子供時代の事件が強い印象として記憶に残っていること自体が、その後の私の人生を方向づけた事件だったと思います。

今日になって思うことですが、父親が手近にある蕗の葉で止血をしたそのことが、 一つの医者のあるべき姿を暗示しているように思えるのです。
つまり、苦しんでいる患者がいれば、理屈はどうあれ、その場で可能な限りの最良の方法を処置してやる、それが患者の精神面も含めて医者の重要な役目の一つではないかということです。医学的にどうこうだなどとロ角泡を飛ばして議論しても患者は救われないのです。

佐藤一英「見えてきたガンの征服」 ㈱実務教育出版 1995年 第五章 患者の気持ちと医者の思いより


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